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日雇いパンダと極楽の孔

同情するなら笹をくれ

スーパーカブ




メンヘラなのでスーパーカブという曲を書きました




1番


燃費はリッター110キロで
D A Bm7 Amaj7

タンクは4リットル入るんだって
D A Bm7 Amaj7

あなたのバイクには敵わないけれど
D A Bm7 Amaj7

途中で給油しなくてよさそうだね
D A Bm7 Amaj7


バックミラーに映る私は
Bm7 C♯m7 Dmaj7 C#m7

夕方よりも可愛い気がした
Bm7 C#m7 Bm7 C#m7 Dmaj7 D#m7-5


乗り方を教えてほしいから
D A Bm7 Amaj7

あなたのもとへ走り出した
D A Bm7 Amaj7

ただのカブじゃないんだよ?
D A Bm7 Amaj7 A7

あなたは私のスーパーカブ
Dmaj7 Em C#m7 F#m7 Bm7

スーパーカブ スーパーカブ
A#maj7 Amaj7




2番


◯と×しかないなんて
D A Bm7 Amaj7

私には向いてないかもね
D A Bm7 Amaj7

8段階くらい右折したあなたと
D A Bm7 Amaj7

車線越しのキスを夢見てたのにな
D A Bm7 Amaj7


空気に触れないようにそっと
Bm7 C♯m7 Dmaj7 C#m7

愛以上の愛で包んでほしいよ
Bm7 C#m7 Bm7 C#m7 Dmaj7 D#m7-5


乗り方を教えてほしいから
D A Bm7 Amaj7

あなたのもとへ走り出した
D A Bm7 Amaj7

ただのカブじゃないんだよ?
D A Bm7 Amaj7 A7

あなたは私のスーパーカブ
Dmaj7 Em C#m7 F#m7 Bm7

スーパーカブ スーパーカブ
A#maj7 Amaj7




おくすりのめたね






エクレアおいしい




ミュート機能は罪ではない。


罪悪感を感じるかは人それぞれだけど、これが罪悪ならば僕は地獄に堕ちるだろう。


今日も僕のタイムラインは美しい。




Twitterで喧嘩どころかボヤ騒ぎすら起こしたことがない、これが僕の一番ささやかな自慢である。


ほとんど顔すら知らなくて、本性を隠しながらやってる人ばかりの世界で、そこまで本気になれる人達の熱量、本当に他意なく尊敬するが、現実世界とのボーダーラインがぼんやりしてないか、とお節介を働きたくもなる。


僕は、街中でオッサンに「オイお前!なんだそのシケた面は!オーン!?」と声をかけられたところで変な人だなーと思うだけで、うん、そんな感じだ。




Twitterで僕の近辺にいる人は、みんな多分僕のことを隣のクラスのヤバい奴だと思っているだろうから、面白半分で冷やかされることはあっても友達になってくれる人は少ない。


それは僕にとっても同じで、みんなは隣のクラスの名前だけ知ってる奴ら止まり、また自分の立場も理解しているので、リプライを貰うのも嬉しいが、それよりもいいねされるほうが何倍もときめいてしまう。


僕もTwitterで友達が欲しい。


タイムラインを見ているのも楽しいが、以前と比べてどんどん寂しさが強くなっているのも感じている。


僕も早く隣の席の子と放課後にデニーズへ行きたいものだ。




なにか辛いことがあった日は、長めのシャワーに限る。


風呂ではなぜダメかというと、お湯を溜める、服を脱ぐ、風呂に入る、そこからやることがなくなってしまうのだ。


僕は辛さのレベルに合わせて体を周回する。


三回も全身を洗えば大体のストレスは薄れるものだ。


ネガティブな思考を潰すためには、何かに没頭するのが一番である。


掃除、塗り絵、ホイップクリーム作り、なんでもいいから没頭しよう。




ここからは妄想の話であるが、最近の彼女がやたらとゆるキャラにハマってて困る。


こないだ家に来た時なんか、ふなっしーのロンTにくまモンの靴下、ちょっとハマるのが遅くないか?と思いながら、未だに切磋琢磨を続ける彼らの顔が勇ましく見えた。


6月に彼女の誕生日があるのだが、何年後か、その日に合わせて挙式するのも良いかもしれない。


そしたらその時一番ハマってるキャラを模したウェディングケーキを注文しよう。


下からカメラを向けるとよく怒る。


一緒に痩せて、お互いに綺麗になろう。


ただしこのエクレアは、賞味期限が今日までなので、不可抗力とする。





教室の隅で寝てるフリをして青春をやり過ごした皆様へ



睡眠を誰かと共有することはできないということに、ついさっき気づいた。


シャ乱Qよろしく、シングルベットで二人肩を寄せ合いながら寝たところで、うとうとワールドの中には自分しかいないのだ。


実は、誰かと共有できない時間というのは意外と少ない。


ツイキャスの誰コラで人に趣味を聞いた時の「寝ること、っすかねー…」と返ってくる確率の高さ。


コミュ障が場つなぎのために連発するあくび。


本当の意味でひとりになれるというのが、人間不信の皆さんに睡眠が愛されてやまない理由だろう。




みんな当たり前のように睡眠中に夢を見るが、冷静に考えてみればみるほど頭のおかしいシステムである。


そして、かしこく堅実に生きるしかないが、たまには縦横無尽に生きたいと願う現代人にはお手軽な、ただ寝るだけで狂うことができる素晴らしいシステムでもある。


夢が絶妙なのは、人が作り出したものなので、不思議なリアリティがあるということだ。


適当な作り話を夢に混ぜたところで、どうしても本物の夢のリアリティさには勝てずにバレてしまうものだ。


本当か?


①極限まで便意を我慢し、トイレに駆け込むと自分の出したうんこに持ち上げられ、身体がフワッと浮く。


②チェーンソーを持ち出してきて、奇声をあげながらではあるが、頭皮を切らないように丁寧にカットしてくれる美容師。


③飼ってた犬の犬小屋がSASUKEの反り立つ壁の頂上に瞬間移動し、父が救出のため反り立つ壁を駆け上がるが、犬とともに降りられなくなる。


さて、このうち僕が本当に見たことのある夢は二つ、作り話はどれでしょうか?




日本語の「夢」と、英語の「dream」、両方とも寝ている時に見る夢と将来の夢を意味するというのは有名な話。


これは、夢が持つ役割が世界共通であるということを意味している。


例えば、誰しも一度は好きな子とイチャイチャする夢を見たことがあるだろう。


その日の朝、起きた時に喪失感に襲われると同時に、さらにその子のことを好きになって、これを現実でも叶えてやろうという気概が生まれるものだ。


おそらく、夢は人間の文化的な進化の過程で備わった機能なのだろう。


自分の輝かしい未来の一コマを先取りして、じゃあそれを丸ごと手に入れようと考える、スーパーの試食のような働きを務めている。


これ以上ないマッチポンプではあるが、そう考えると二つの意味の夢は表裏一体で、いま自分が将来なりたいと考えていることも、忘れているだけでその世界で成功している自分の姿を睡眠中に見たことがあるのかもしれない。


ちなみに「dream」はもともと二つの意味を持っており、「夢」は睡眠中に見るやつの意味しか持ってなかったので、将来の理想像の意味も「夢」に持たせてあげようという後付けみたいですよ。


そんなシニフィアンシニフィエ的な話はどうで
もいい、これは間違いなく世界共通の認識だ。


だって、君が夢を見ている時の寝顔はきっと世界のどこで見ても綺麗だと思うから…


こんなダサいブログにするつもりはなかったのに。


それじゃあダメじゃん春風亭昇太です。




余談だけど、前回の記事で「僕はナオトインティライミか!」的なことを書いた。


今日Twitterをやってたら、彼がとんでもないサイコパス扱いをされててビックリした。


僕が言ったナオトインティライミは愛の戦士ナオトインティライミであって、人を殺す快感に自分の精神を蝕まれつつあるナオトインティライミではありません。


うーん、恥ずかしい名前。




おちんぽ大好き



先日、噂のマストドンを始めた。


マストドンに登録する際には、インスタンスと呼ばれるコミュニティのようなものに加入しなければいけない。


僕は、pixivが運営しているpawoo(パウー)という名のインスタンスを選択した。


するとそこには、全員がコテハンをつけている2chのような、純度の高いアングラ感に包まれた異界が広がっていた。




ここでTwitterノリを出すと背後から刺される、僕の動物的本能がそう警告していた。


instagramFacebookが陽の当たる地上、Twitterが地下2階だとすると、マストドンは地下12階くらいの闇の深さがあるように感じた。


心配性の殺人犯でももうちょい浅いところに埋めるぞ。




マストドンでなにかヘマをしたら、Twitterの僕のアカウントにも一族が攻め込んで来かねない。


身元が割れては危険すぎる、ここではアレックスの名は封印すべきだろう。


さらに、もしもクソ真面目な名前をぶら下げたまま発言を繰り返せば、夷狄だとみなされていずれ打首獄門に処される可能性すらあるだろうと踏んだ。


ここまで考えた段階で、僕が長年胸の中で温めてきたネカマやりたい願望が一気に開花する。


この地下では、女の子のように可愛く、だけどちょっとしたスパイスが含まれている、そんな名前を抱えて生きていこうじゃないか。




まだ見ぬ奥さんの意向もあるとは言え、僕はいずれ娘を授かったら「愛」を含んだ名前をつけると、ずっと心に決めている。


字面的にも愛嬌があるし、なにしろ愛があれば大抵の障害は乗り越えられると信じているからだ。


ナオトインティライミみたいな事を言うね、僕は。


だが、ここまで深くは話していないが、以前Twitterでこの話をしたらダサいだの気持ち悪いだの散々な言われようで傷ついた記憶がある。


僕を詰るのは構わないが、人の娘を捕まえて中傷するなんて、なんて心無い人たちなんだろう。


愛くらい、信じられないのかい?


ナオトインティライミみたいな事を言うね、僕は。




よし、苗字にスパイス、下の名前に愛嬌だ。


なにか良いスパイスはないものかと、心のキッチンの奥にある戸棚を開けてみた。


すると、そこにあったのは「セックス」というラベルの貼られた小瓶がひとつだけ。


よくセックスソルトだけで毎日飽きないご飯を作れるね。


そりゃそうだ、セックスは魔法の調味料なのだから。




クリ山は露骨すぎるよな…


膣内村(なかむら)はたぶんみんな読めないし…


おちんちん林はスパイス過多…


イラマ林はそういう木が群生した林に見えるし…


亀頭林は重箱読みで不安になるし…


あれっなにこのセルフ林縛り…


こんなふうに30分ほどうんうん唸って、膣川(ちつかわ)に決めた。


うん、ちょうど良いスパイスの量と、苗字から滲み出るクーデレ美少女感がたまらない。


まあ、後から気づいたけど、膣川も重箱読みなんだけどね。




さて、つぎは下の名前だが。


無作為に言葉を組み合わせるという作業は意外と難易度が高く、だいたい適当に考えて思いついた名前は過去に会ったことがある女の子のものだった。


だったら開き直って、いっそ好きだった子の名前を拝借しちゃおうか、という思考に辿り着く。


初恋の次の恋のお相手だった、那奈ちゃん。


この子は誰もが認める美少女であった。


家柄も良いし、勉強もクラスで三番目くらいにできてたし、上目遣いのプロだし、夕日に照らされながら憂いを帯びた目でフルートを咥えてたし、モー娘の鞘師ちゃんに似てたし、それでいて体育の授業で走る姿はさながらエヴァのようという隙までちゃんと用意されていて…


リアルで地下12階の住人である僕には到底届かない、高嶺の花子さんであった。


僕自身が夏の魔物になってどうする。




「ダメかもなー、道徳的にじゃなくて、六法全書的にダメかもなー」という罪悪感を尻目に、無意識のうちに膣川那奈と入力していた。


そういや猫飼ってるって言ってた記憶あるな、よし、アイコンは可愛いにゃんこに設定っと。


あー夏に会いに行こうかな、時間はかかるだろうけど高速バスに乗ってさ。


あっ連絡先知らねーや…


成人式後の同窓会でちゃんと聞いとけば良かったな…


グッバイ、僕の地上よ…




ガタン…ウィーーーーン…


あっ、こんにちは…初めまして…


はい、私も地下12階へ…


えっ、いやいやいや…


もっと可愛い子、いっぱいいるじゃないですか…


でも、そこまで言ってくれるなんて、嬉しいです…


じゃあ、まずはお友達から始めましょう?


私、那奈です。膣川那奈。


IDはochinpodaisuki、です。


どういう意味って…好きだから好きってだけですよ?


あはは、これからよろしくお願いしますね?






ムダ毛処理の日



僕の趣味の一つに、「身体中のムダ毛を抜く」というのがある。


抜き方にもコツがあり、毛先を摘んでから根元を刈るようにすると高確率で抜くことができる。


思えば、僕の下腹部から佐々木希のうなじのような、柔らかな毛たちが生え始めた中一の秋。


あの頃は性知識がほとんど揃っておらず、その毛の存在に気づいた時もなにか僕が僕でなくなるような、忌々しいものだと捉えた。


いま思えば、冬に抗うようにどんどん色を濃くしていくさまは、ちょうど反抗期を迎えていた宿主によく似ていたかもしれない。




毛を抜くことに限らず、自分と不要物を引き裂く行為というのは、快感を得られるようにできている。


僕は自分の家のトイレで過ごす時間が一番好きだ。


特に排尿というのは、なにか自分にとって細かいスパンでの脱皮であるように感じる。


尿とともに喜怒哀楽が全て流れ落ちる喪失感と、いまの自分にできる唯一の社会参加を実現させる安心感。


一説によると、扉を開くときに浴びたそよ風の風速の合計で、死ぬときの走馬灯の速度が決まるという。


死ぬときはあの世へ駆け足で行けたらあんまり辛くないかなと思うので、少しでも尿意を感じるとニコニコしながらトイレに駆け込むことに決めている。


余談だが、昔に比べて便を拭くときに一度で拭き取れなくなってしまった。


ろくなものを食べれば治ると信じたいが、まさか肛門を始点に自分の肉体が次第に糞便化しているのか?という疑念を抱えながら夜のトイレに向かうのはなかなかに辛い。


僕が好きなのは排尿であって、排便は嫌いだ。




そう考えると、リストカットが心地よいと思い始めている人は、自分そのものを不要なものだと捉えているのではないか。


自分を不要なものだと信じられる人は、どこか純粋で真剣に世界を見つめている人なのだろう。


弱い人間ほど、誰かの心に寄り添うのが上手いが、それだけで生きられるほど世界にゆとりはない。


自分は不要だという観念が頭を締め付けるときは、下半身に群生するムダ毛を着実に抜き集め、それをティッシュに並べてみる。


これ以上に不要なものがあるだろうか。


いつの時代でも、傷ついた心に染み入るような笑いを提供してくれるのは、己のムダ毛なのだ。


Perfumeの『ナチュラルに恋して』を聴きながら陰毛の処理をしていた在りし日の僕。


こんなに爽やかでオシャレな曲をこれほどムダ使いできるのも僕くらいだろうと、不思議と自信がついてきたものである。




少し離れたところ、脇腹に近いところに力強い毛がぽつんと生えている。


それを陰毛だと認めて引き抜くときのプチッという小さな音、それがみるみるうちに増幅し、体内でうなる残響の感覚。


前向きな選択肢だけを抽出する生き方は、身体がいずれ拒絶反応を起こす。


卑下とは異なる自己諦念のやり方を教える宗教があれば、みんながもっと健康に生きられるのではないか。


常に等身大の自分を見せるのが一番危険だが、その儚さが人を惹きつけて離さないのだろう。




死ぬ前日に、自分の手で丁寧に身体中のムダ毛を処理するのが僕のささやかな夢だ。


火葬場の炎に頼ることなく、僕のムダ毛には世界を旅してもらいたい。


やがてそれが誰かの笑いの種になることを祈って。


きょうは木曜日、燃えるゴミの日だ。






スパークル(RADWIMPS)のただしい歌詞解釈



まだこの世界は僕を飼いならしてたいみたいだ
→つまらない世界が、ここに留まるだけの価値があると思わせてくれるものを与えてくれた


望み通りいいだろう美しくもがくよ
→誰かのために奮闘する姿ほど美しいものはない、それが弱い人間同士、お互いのために為すものならなおさら


互いの砂時計眺めながらキスをしようよ
→互いに死にゆく存在ではあるが、だからこそ育まれるべき愛を形にする作業が必要である


「さよなら」から一番遠い場所で待ち合わせよう
→別れの真反対に位置する新しい(命との)出会い、今日はこのベッドで子作りセックスに励もう




辞書にある言葉で出来上がった世界を憎んだ
→これほど素晴らしい営みを言葉で表現することすらできない世界はなんて頼りないものなのだろう


万華鏡の中で八月のある朝
→初夜の翌朝は全てが輝いて見えた、しかしこの光は絶妙なバランスとタイミングの上に存在しているのだろう


君は僕の前でハニかんでは澄ましてみせた
→達成感と恥じらいのせいではにかむ彼女、そして照れ隠し


この世界の教科書のような笑顔で
→儚くて脆い世界を投影したこの際どい表情を守ること、これがこれからの僕に課せられた使命だろう




ついに時はきた昨日までは序章の序章で
→いままでのセックスは今日までの予行演習にすぎない


飛ばし読みでいいからここからが僕だよ
→命の設計図を送るから半分だけ読んでほしい(減数分裂のこと)、そこに僕が何者なのか詰まっている


経験と知識とカビの生えかかった勇気を持って
→恋人から夫婦や両親になる覚悟はできていたつもりだが、それが真に固まったのは今


いまだかつてないスピードで君のもとへダイブを
→僕の今まで生きてきた時間が刻まれた遺伝子を一夜にして、君に注ぎ込む




まどろみの中で生温いコーラに
→セックスが終わり、部屋にこもった熱気のせいでコーラがすっかり温くなっている


ここでないどっかを夢見たよ
→ゆるやかに温度が上がったこのコーラのように、新しい命がゆっくりと無尽蔵の熱を生み出そうとしている


教室の窓の外に
→僕がかつて見た学校の窓からの景色や


電車に揺られ運ばれる朝に
→やがて働き始め、通勤ラッシュに翻弄される僕と同じような景色を僕らの子孫も目にする日がすぐにやってくる




運命だとか未来とかって言葉がどれだけ手を
伸ばそうと届かない場所で僕ら恋をする
→言葉だけの綺麗事はいらない、手の届かない子宮を揺り動かすこの行為にのみ意味がある


時計の針も二人を横目に見ながら進む
→この子作りは歴史に刻まれたものでもう後戻りはできない


こんな世界を二人で一生、いや何章でも生き抜いていこう
→後戻りできないからこそ先に進むことだけ考えなければいけない、半分ずつを受け継いだもう一つの僕らに、僕らが死ぬよりももっと先の先まで生きていってほしい、そしてそれは何代も先までずっと続くように




「初めまして」なんてさ遥か彼方へと追いやって
→先祖が代々続いてきた長い長い時間を形にしたものが僕らだから


千年周期を一日で息しよう
→今日この一日は千年に等しい、生きるというのは時間を凝縮する過程のことでもある


嘘みたいな日々を規格外の意味を悲劇だっていいから望んだよ
→本当の意味で生きているとは言えないような、神が適当に作ったような僕の平坦な生活をどうにかして壊し破りたい


そしたらドアの外に君が全部抱えて立ってたよ
→まるで僕の思いを感じ取ってくれたようなタイミングで家に来てくれた君、現代科学の規格の外にある超能力のようだ




運命だとか未来とかって言葉がどれだけ手を
伸ばそうと届かない場所で僕ら遊ぼうか
→子宮に子種を注ぐ


愛し方さえも君の匂いがした
→いつも不器用でどこか危なかっしい君の生き方はセックスにも如実に表れている


歩き方さえもその笑い声がした
→膣、近い将来産道へと変わる道が擦れて鳴る音すら幸せの象徴に聞こえてくる、弱い人間はお互いの肩を貸さなければ無事に歩き続けられないことも同時に示す




いつか消えてなくなる君のすべてを
→僕らが生きた時間は子どもたちへと継承されていくが、君の肉体そのものはいずれなくなってしまう


この眼に焼き付けておくことは
もう権利なんかじゃない義務だと思うんだ
→君の身体が放ったほんの一瞬の光、スパークルを死ぬまでの短い間、心に強く留めておくことは生を紡ぐ媒体としての肉体に対するリスペクトであると同時に、一瞬をないがしろにしては永い時間への旅などとても叶わないこと、いまを大切にするということはまだ見ぬ子孫たちに寄り添う唯一の方法であると気づいた







みんな、『君の名は。』って知ってる?

 

 

 

昨年の夏、何人か『君の名は。』を観た人にどこが良かったか聞いてみたことがある。

 

しかし、返ってきたのは「テンポが良いんだよね!飽きないんだよ」だとか「歌がすごいマッチしてて〜」だとか、漠然とした理由だけであった。

 

テンポと歌が良い、妖怪ウォッチか。

 

 

 

そしてこないだ、遅ればせながら親に連れられ実際に観に行った。

 

ビックリだ。

 

めちゃくちゃ感動するじゃないか。

 

久しぶりに泣いてしまって、涙を親にバレないよう隠す感じ、懐かしい気分にさせてんじゃないよ。

 

なぜみんな教えてくれなかったんだ。

 

あれか、美味しすぎて人には教えたくない路地裏の定食屋みたいなものなのか。

 

 

 

というわけで、真理芸人としてはどう感動したのかを文字にせずにはいられない。

 

感動する要因は人それぞれだが、個人的には三つほど見つかった。

 

僕の感動ポイントに共感できた人はぜひ観に行ってほしい。

 

ここから先はネタバレ注意。

 

 

 

まず一つ目は、子どもが頑張る姿。

 

どうも僕は、はじめてのおつかいや熱闘甲子園の類いに昔から弱い。

 

何が起こるでもなく、ただ目標に向かってひたむきに歩む姿を見るだけで反射的に涙が出てしまうのだ。

 

子どもがメインの感動モノというのは、子ども達が感動させる為に行動選択をしていない、というのを本能的に感じ取っているのが感動に繋がるのだろう。

 

特に中高生、世間から認められず発言が説得力を持たなくてもどかしい時期にどうしてそんなに頑張れるの、と半ば自責の念に駆られながらの感動になることが多い気がする。

 

僕は自分で自分を責めるのが大好きなのだ。

 

新海誠、趣味が合うね。

 

 

 

二つ目は、不条理さ。


勝手に違う人間に入れ替わらせられたと思えば勝手に遠く引き裂かれたりとかもそうだが、個人的には終盤の隕石から町を守ろうとするシーンに不条理型の感動があった。

三葉らが奔走している時に中継するリポーターが口々に美しい光景です!奇跡です!と述べているのに心を締め付けられた。

 

そんなことを呼びかけるくらいなら避難勧告でも出してくれよ、という思いでいっぱいだった(落下地点の予測は出来ないという設定だったようだが)。

悲しい歌詞なのにメロディはトリップしてるのかと思えるくらい明るい曲を好きな人は多いのではないだろうか。

これも一つの不条理型の感動だと思う。

 

新海誠、ことごとく趣味が合うね。

 

 

 

そして三つ目、疾走感。

 

今思えば、みんなが言っていたテンポの良さとはこれも含めて指していたのかなーとも思っている。

 

君の名は。タイムリープ系のSFモノで、数年前の話や昨日の話、未来の話がごっちゃになっている。

 

その断片的な情報がぐわーっとリンクする壮大な迫力、まとまりのない点と点が惑星直列のように線を成す美しさ、これは誰しも感動するのではないだろうか。

 

この走馬灯的な疾走感こそ、ボディーブローのように遅効性のダメージが入り、最終的に畳み掛けられてカタルシス的感動を覚えてしまう原因だろう。

 

三葉が住んでいた糸守という地名も感動ポイントだ。

 

地名は土地の記憶である。

 

紡がれた糸が代々この地を護ってきたんだな、と勝手に想像してしまうだけでほら、走馬灯でしょ。

 

新海誠、もはや僕なんじゃないか?

 

 

 

あまり手放しで人を持ち上げるのは好きじゃないのだが、これはもう感服と言わざるを得ない。

 

以前youtuber人気ランキング上位100人の動画をまとめて見たことがあったのだが、その中でもブライアンのセンスはズバ抜けていて、恐怖すら覚えたのを思い出した。

 

小手先だけの凡才は、本物の天才に出会うとひれ伏すしかないのだ。

 

二人の作品には無駄がない(ケチをつけられる部分が見つからない)という部分でも共通している気がする。

 

 

 

余談だが、以前Twitter君の名は。は観ない!と宣言した時に人から新海誠作品を勧められたことがあった。

 

その時に観たのは『ほしのこえ』、新海誠のデビュー作である。

 

この三つ、今思えばほしのこえにも全部入っているのだ。

 

新海誠は大衆に迎合してしまった、変わってしまったという意見もあるが、僕は全くそんなことないと思う。

 

確かにほしのこえはやや暗かったし、そこからポップにはなったのかもしれないが、昔よりも大きくて綺麗な花が咲くようになっただけで、根っこはなにも変わっていないという感じだろうか。

 

 

 

君の名は。』をまだ観ていない人はお早めに。

 

観た人は感想聞かせてね。