日雇いパンダと極楽の孔

同情するなら笹をくれ

教室の隅で寝てるフリをして青春をやり過ごした皆様へ



睡眠を誰かと共有することはできないということに、ついさっき気づいた。


シャ乱Qよろしく、シングルベットで二人肩を寄せ合いながら寝たところで、うとうとワールドの中には自分しかいないのだ。


実は、誰かと共有できない時間というのは意外と少ない。


ツイキャスの誰コラで人に趣味を聞いた時の「寝ること、っすかねー…」と返ってくる確率の高さ。


コミュ障が場つなぎのために連発するあくび。


本当の意味でひとりになれるというのが、人間不信の皆さんに睡眠が愛されてやまない理由だろう。




みんな当たり前のように睡眠中に夢を見るが、冷静に考えてみればみるほど頭のおかしいシステムである。


そして、かしこく堅実に生きるしかないが、たまには縦横無尽に生きたいと願う現代人にはお手軽な、ただ寝るだけで狂うことができる素晴らしいシステムでもある。


夢が絶妙なのは、人が作り出したものなので、不思議なリアリティがあるということだ。


適当な作り話を夢に混ぜたところで、どうしても本物の夢のリアリティさには勝てずにバレてしまうものだ。


本当か?


①極限まで便意を我慢し、トイレに駆け込むと自分の出したうんこに持ち上げられ、身体がフワッと浮く。


②チェーンソーを持ち出してきて、奇声をあげながらではあるが、頭皮を切らないように丁寧にカットしてくれる美容師。


③飼ってた犬の犬小屋がSASUKEの反り立つ壁の頂上に瞬間移動し、父が救出のため反り立つ壁を駆け上がるが、犬とともに降りられなくなる。


さて、このうち僕が本当に見たことのある夢は二つ、作り話はどれでしょうか?




日本語の「夢」と、英語の「dream」、両方とも寝ている時に見る夢と将来の夢を意味するというのは有名な話。


これは、夢が持つ役割が世界共通であるということを意味している。


例えば、誰しも一度は好きな子とイチャイチャする夢を見たことがあるだろう。


その日の朝、起きた時に喪失感に襲われると同時に、さらにその子のことを好きになって、これを現実でも叶えてやろうという気概が生まれるものだ。


おそらく、夢は人間の文化的な進化の過程で備わった機能なのだろう。


自分の輝かしい未来の一コマを先取りして、じゃあそれを丸ごと手に入れようと考える、スーパーの試食のような働きを務めている。


これ以上ないマッチポンプではあるが、そう考えると二つの意味の夢は表裏一体で、いま自分が将来なりたいと考えていることも、忘れているだけでその世界で成功している自分の姿を睡眠中に見たことがあるのかもしれない。


ちなみに「dream」はもともと二つの意味を持っており、「夢」は睡眠中に見るやつの意味しか持ってなかったので、将来の理想像の意味も「夢」に持たせてあげようという後付けみたいですよ。


そんなシニフィアンシニフィエ的な話はどうで
もいい、これは間違いなく世界共通の認識だ。


だって、君が夢を見ている時の寝顔はきっと世界のどこで見ても綺麗だと思うから…


こんなダサいブログにするつもりはなかったのに。


それじゃあダメじゃん春風亭昇太です。




余談だけど、前回の記事で「僕はナオトインティライミか!」的なことを書いた。


今日Twitterをやってたら、彼がとんでもないサイコパス扱いをされててビックリした。


僕が言ったナオトインティライミは愛の戦士ナオトインティライミであって、人を殺す快感に自分の精神を蝕まれつつあるナオトインティライミではありません。


うーん、恥ずかしい名前。