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日雇いパンダと極楽の孔

同情するなら笹をくれ

帰省した話




帰省した。


書くか迷ったが、書こう。




帰省した日の夜、かぼちゃプリンを食べながら近況を喋っていると自然と涙が出て面食らった。


たぶん親も近況を話し始めて3秒くらいで僕が泣くものだから、あっちはあっちで面食らったと思う。


情緒不安定になったと思われても仕方がない。


昔から僕は、あまり泣かない子だった。


少なくとも人前では小さい頃から泣かなかったので、感極まることがあまりない人間だと思われていただろう。


いや、違うんだ。


泣くときは人が引くくらい、それこそ一日中ずーっと泣いているのだ。


干ばつか大洪水しかないような、そんなピーキーな国、誰が住んでくれるんだろうか。




去年の秋も、自分にとってわりと大きなことが起こった。


その日も居酒屋でアルコールが入る前から終始さめざめと泣いているものだから、きっと周りの人間も気持ち悪いと思っただろう。


それ以来、それ以来の大洪水。


何をやってもうまくいかなくて辛いと正直に言った。


彼女ができなくて辛いとも言った。


もうめちゃくちゃ情けなくて、恋愛相談を親にしているからではなくて、現状に満足できなくて親に泣いて訴えるという稚拙な行動は4歳くらいで卒業したと思っていたことが思い違いであったことがとても辛かった。


このままずっと4歳児のままなのかと考えると辛い現状リストにもう一個悩みの種が追加されたようで、あらゆる涙の止め方が完全なる手詰まりに陥った。


今でもあの時の自分を殺したいと思うくらいに無様な姿で、漆黒の黒歴史だ。




僕には、相談相手がいない。


親の前で決壊してしまう最悪の事態を回避するための、ダムに貯まった水を流せる川が僕には少なすぎる。


無農薬君はよく僕の相談相手になってくれるが、僕側が水を流そうとしない。


彼に僕の涙を啜らせるなんてことがあれば、ありがとうと心でつぶやきながら彼と一切の連絡を断ち切ってしまうかもしれない、それはないだろうが、それくらい真芯を食う相談は本当にできない。


現実では、中途半端な自信とガチガチのプライドが邪魔をしていて、わからないことを聞くことはあるが、人生の根幹に関わってくるような深層部の相談はできない。


でも、そんな甘えたことを言ってられないというのも残念だが分かってしまった。


現実とネットの両方向から僕の相談相手になってくれるような人を探す時が来たんだ。


この人になら涙を啜ってもらえそうだという人を見つけること、攻撃面ばかり強化してて防御面の強化を怠っていた僕にはイバラの道だろうが、実は刺さってもさほど痛くないイバラかもしれないと信じて進まなければ、次の決壊は死ぬまで続くかもしれない。



なんとなく、これは本当に勘で、ネットでも現実でも、プロレタリア文学を読むような目で僕を見ている人が一定数いる気がしている。


でも僕は、本当に困難に立ち向かうエネルギーもなくて、社会参加、社会の歯車になるのはこんなに難しいことなんだと痛感しながら頓死しているような人間なのだ。


最近の僕は過去最高レベルでつまらない。


これは自己嫌悪ではなくて、現に最近を振り返ってみると本当にやっていることが全てダサくて、女々しくて、結果として残せたものがなにもないのだ。


僕は、かなり弱っている。


これを全世界に発信してなんの意味があるんだと思うが、現段階ではこのブログが僕の相談相手として一番の働きを見せている気がするので、漠然とした相談ではあるが、答えを求めて書いた。


次の帰省ではずっと笑顔の、かっこいい男になりたい。


もうちょい、素直になりますね。


バランスを取るために、次の記事はめちゃくちゃポップで明るい記事にしよう。


高速バスよ、もっと速くは走れないものか。





(Bパターン)