日雇いパンダと極楽の孔

同情するなら笹をくれ

大クラッシュと再放送




ついさっき起きた、鮮度のいい話。


バイトがやっと終わってウキウキで帰る僕。


帰り際、自転車を飛ばしていると謎の石につまづき、大クラッシュ。


確かに片手にビニール袋を持ってた僕が悪いのだが、それにしても、それにしてもそんな悪い子じゃないんだけど、神様ちゃんと見てます?


傷よりジーンズごと切り裂かれたのがけっこうショック、見て。


あまり大きい声では言えないけど、暗い夜道に這いつくばって廃棄商品を拾い集めるの、けっこう来るね、限界だ。




今はiPhone6を使っているのだが、iPhone7plusに買い換えることが決まった。


去年の1月に買ったのだが、容量が全然足りないのと、バッテリーがけっこう弱ってしまったので、致し方あるまい。


思えば、僕が初めてiPhoneと出会ったのは、高三の夏。


まだまだ気温が下がりきらぬ熱帯夜、クーラーの前で涼む私に、父がこう言った。


「アレックス、スマホいらんが?」


その一言には驚かされたが、ないものは全て欲しい僕だ。


今まで実直に生きてきたわけでもないのに、こんな幸運に恵まれてもいいのかと軽い罪悪感に苛まれる。


なにせガラケーによって不自由な性生活を強いられていた僕だ。


スマホがモノクロの日々に色彩を取り戻すと確信するまでほとんど時間はかからなかった。


ありがとう父、いや、神よ。


明日の午前中と言わず今から勉強しておくよ。


有頂天で数学の問題集を開く。


そこには縦横に伸びる格子の上に二次曲線が美しく走っていた。




かくして、僕はスマホを手に入れてしまった。


恐る恐る端正な箱を開け、iPhone5を取り出す。


あまりにも箱が純白で透き通っているので、ベールアップをしているような錯覚に陥る。


すんでのところで液晶に誓いのキスをしてしまいそうだった。


迅る手をもう一方の手で押さえつける。


地面が揺れる。


みるみる早まる鼓動を落ち着ける。


時は満ちた。


このiPhoneに命を宿そうではないか。




満を持して電源ボタンに力を込める。


するとこれまた真っ白に液晶が輝き、中央に文字が表示された。


「こんにちは」


まず、日本語で挨拶されたことに面食らった。


まるでジョブズが僕のためにオーダーメイドでこのiPhoneを誂えてくれたような気がして、なんとも背筋の伸びる思いがした。


それから独力で初期設定を始めた。


機械に弱い僕だが、ジョブズの思いに応えなければいけない使命感でいっぱいだった。


なんとか諸々の設定を終え、自由にiPhoneが使える段階までこぎつけたのを確認してから、天に向かって右手で十字を切った。


左手には僕のよすががしっかりと握られていた。


今思えばこれが破滅のプロローグであった。


この世界には奇跡や神秘が存在しない故に自ら行動して幸せを掴まなければいけない。


そう考え始めていた矢先のこの一件は、僕から人間として肝心要な部分のほとんどを奪ってしまう遠因になるのだ・・・。




それからすぐにSafariでエロサイトにアクセスし、心ゆくまでエロ動画を堪能した。


もう祖父の目を盗んでエロパソをすることもない。

僕はさながら、政府から迫害を受け続けたのち、遂に牢獄から釈放された英雄のような心持ちであった。


しかし、Wi-Fiルーターから自分の寝室は遠く、動画読み込みがかなり長くかかってしまうのが悩みの種であった。




夏休みが終わり、二学期が始まった。


私は周りの友人に礼を述べて回った。


ガラケーのせいで不自由している時分、僕に力を貸してくれたのはいつも彼らだったからである。


同時に件の悩みについても相談した。


するととある男が僕に金言を与えてくれた。


「clipboxで保存すればいいやん」




家に帰るとすぐに僕はclipboxをインストールした。


このアプリはかなり優れもので、いろんなサイトの動画を簡単にダウンロードできるのである。


無論、エロ動画もである。

僕は使い慣れたエロ動画サイトの隅から隅まで動画を開き、少しでも抜けると思ったものは全てダウンロードした。


力の及ぶものは全て僕のものである。


一日にしてネットに存在する全てのエロ動画を手中に収めてしまった。


僕はエロ動画界の魔王として生きることを選んだのだ。




長い長い時間をかけ、全ての動画のダウンロードが終わった。


100件ほどだったであろうか。


僕は「2013.09」というフォルダを作成し、そこに動画を全て放り込んだ。


それからというもの、僕は魔王としての職務を全うすることに全力を尽くした。


保存したエロ動画で抜くことよりも、抜けるエロ動画を保存することに重きを置いてしまっていた。


また一つ、また一つとclipboxにエロ動画が溜まっていくうちに、玉袋でドーパミンが生成されるのをひしひしと感じていた。




暑かった夏も終わりを告げ、いよいよ肌寒い季節に突入する。


周りが一気に受験ムードになる中、僕だけはclipboxのことで頭がいっぱいだった。


劇的に伸びるclipboxのストレージを尻目に偏差値は悲しいほどに横ばいであった。


最終的に15GBほどを費やした僕だけの宝石箱、clipbox。


合格発表の日にこのアプリが戦犯として断頭台に横たわることになろうとはまだ私は知る由もない・・・。




この文章は関東地方で2016年12月に放送されたものです。


再放送、めっちゃ楽じゃん。


iPhone7plusにもclipboxは最初に入れよう。


同じところをぐるぐるしてるような人生だけど、螺旋階段みたいに上昇できたら、嬉しいなあ。