日雇いパンダと極楽の孔

同情するなら笹をくれ

三年連続、全裸の誕生日





引き続き膝が痛むので短めに。


わしゃ武藤敬司か。


そもそも毎日これくらいでいいな。


つまみとしておちょこみたいな皿で出されるピスタチオくらいの手軽な記事でいいから、毎日書くぞ。




誕生日、みんなは祝われたいだろうか。


祝われたい人は他人の誕生日も同等に祝ってあげる義務がある。


僕は人の誕生日を祝うのがとてつもなく恥ずかしいし、本当に祝ってくれとも思わない。


実際に日付が変わった瞬間のLINEがだんまり決め込んでてもなんとも思わない。


この世に生まれ落ちたその日は全力で祝って欲しいが、僕は今日生まれたわけじゃないし、という感じだ。




だが、当日ではなく翌日に祝ってほしい欲に押し潰されそうになるのが、ここ3年間ほどの傾向である。


たしか中学の反抗全盛期の頃、もっと本気で祝えよ!と家族にキレて、のけものにされたままショートケーキをたった独りでホール食いしたことがある。


次の日は寂しさやら怒りやら胃もたれやらで、大変気持ち悪かった。


そのへんの根っこから鑑みると、傷つくことを恐れているだけのような気がしてきた。


どうせ僕のことなんか誰も祝ってくれないんだし、って自分を欺いて予防線を張っていたら、その最悪の想定をゆうに超えていく祝われなさ、激辛の現実を突きつけられるのは誕生日の翌日なのだ。




なんだかんだ、一年の総決算は誕生日な気がする。


去年の誕生日の翌日、梅酒のソーダ割りを飲みながらメソメソキャスをやった。


これが会社ならば、次の株主総会は革靴が乱れ飛ぶことだろう。


申し訳ないが祝われても本当に嬉しいとは思わない、ただ誰からも祝われなかった時のショックは僕が一人で抱え込むには大きすぎるのだ。


男友達と出かける時のファッションみたいなもんだろうか。


とびきりオシャレな服を着ていったところで別に褒められもしないが、だからと言って全裸で待ち合わせ場所に向かうと死ぬといった具合だろうか。




では誕生日に人に祝われるためにはどうしたら良いか。


答えは簡単。


人の誕生日を全力で祝うことだ。


ポッケからハトを出すマジックくらいはしっかりマスターしておくよ。


祝ってほしい人はぜひ僕に誕生日を教えて欲しい、すぐにスマホのスケジュールに書き込むから。


僕への誕プレは、QUOカードでお願いします。