日雇いパンダと極楽の孔

同情するなら笹をくれ

狼狽と五千兆円〜前編〜





かくして俺は五千兆円を手に入れた。


即死を覚悟していたが、確かに呼吸は続いている。


そのままであれば七十四歳までは生き永らえていたということだ。


六十代半ばくらいに肺がんでぽっくりだろうと踏んでいたが、こればかりは分からないものだ。


これから五十年も地面すれすれの低空飛行を続けていたのだろうか。


それともどこかで運命の出会いが訪れ、子ども、果ては孫なんかまでいたりするのだろうか。


いやいや、答え合わせのない問いに唸っていても仕方がないことだ。




生まれて初めて、悪魔の声を聞いた。


前に持っていた漠然とした悪魔観とは違う、穏やかで少し丸みを帯びた声質だった。


奴は自分が何者なのかは名乗らなかったが、俺が交わしたものは、世間一般に言う悪魔の契約だ。


自分語りを一切せず、契約上必要な事項しか口にしなかったので分からないが、存外悪い奴ではないと思う。


ただ時折返事が遅れることがあったのが気がかりではあるが。




そうか、全てを手に入れてしまったのか。


早速ピザ屋に電話し、シーフードピザのLに追加でエビのトッピング、コーラを三本注文した。


電話の切り際に急ぎでと付け加えたので、小走りでピザ屋がやってきた。


店員は代金を宣言したはずだがいくらかは覚えていない。


高くて時給九百円の奴には触らせるのもおこがましいが、赤い文字で『5000兆円』と仰々しく書かれている薄鼠色のカードを差し出した。


ピザを開けると、注文通りふんだんにエビが載せられていた。


金さえあれば、こんな小さなエビを殺すことくらい造作もないことだ。




ピザの減る速度が緩んできた頃に、ふと積み上げられた段ボールの傍らで佇むエレキギターが目に入った。


兄に近づかなければという一心でここまで頑張ってきたが、果たしてこいつは今の俺に必要だろうか。


この世界にも色々な奴がいた。


才能を掘り起こすことに費やす日々を、夢を追えるだけで既に不幸はないと捉える奴もいたし、楽しいとか楽しくないとか評価する暇も無いくらい音楽にのめり込んでいると言う奴もいた。


俺は、これを苦と捉えた。


ついに兄を越えてしまった。


気づくと俺は部屋を飛び出し、そいつを掴んで車止めのブロックに叩きつけていた。


いくら音づかいが洒落ていたって、五千兆円は到底稼げないだろう。


俺だって兄や彼らと同じように人生を賭して五千兆円を手に入れたんだ。


有るのか無いのかも分からない、あやふやなものに捧げられるほど俺の人生は安くないのだ。